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2008年12月

2008年12月29日 (月)

[甲子園へ 情熱インタ](3)旭川南高野球部・小池啓之監督

第3回は、下馬評を覆す快進撃で10月の旭川支部予選を制覇、全道大会出場を果たした旭川南の小池啓之監督(57)。03年に、腸の病気で成功率30%といわれる大手術。生命の危機を乗り越え、昨年はチームをセンバツ出場へ導いた。現在も病魔と付き合いながら「グラウンドで死ねたら本望」を地でいく小池監督の、野球への思いを聞いた。

 ―東京・南品川の出身で、幼稚園から高校まで関西。北海道との縁は。
  小池「駒大で肩を壊し野球が出来なくなった。当時、教職課程をとっていたが、教員になる気はなし。教育実習で母校に戻るのが恥ずかしく、系列校の駒大岩見沢へ」

 ―当時の駒岩は。
  「野球部なんて全然。岩見沢がどこにあるかも知らなかった。そこで2週間コーチをやってみて、ひとつの生き方としていいなあと」

 ―北海道の印象は。
  「77年正月に生まれて初めて旭川へ。寒かったなあ。ポットストーブ一つ持って行ったら零下30度。寒さで起きた。人間の住む所じゃないと、最初の10年は帰省したらもう戻りたくなかった」

 ―それから30年以上たちました。
  「雪解けは3月。ストレスもたまった。土の色が見えた時は感動した。今では北海道に骨を埋めようと思う」

 ―その後、部長として鵡川へ赴任しました。
   「原点に戻りたくて平成10年に公立へ。御大(鵡川・佐藤茂富監督)の大番頭で4年。グラウンド以外のことはすべて引き受けた。あの人をイエスマンにしたのは僕だけ。信頼してもらった」

 ―今年の鵡川は強い。
  「優勝した慶応より個々の選手は上。“茂富最高傑作”じゃないか」

 ―旭川南に移って、病魔に襲われました。
  「転勤翌年の03年に『腸間膜静脈血栓症』で緊急手術。成功率は3割だったらしい。50センチ腸を切った。食べても栄養にならず、12キロやせた」

 ―現在は。
  「今も(腸は)癒着している。毎月の定期検査と薬は欠かせない。今年は初めて一度も入院せずに済んだ。食べた後によく腸閉塞(そく)を起こした。王さん(前ソフトバンク監督)と同じ症状」

 ―医師からは。
  「大声出すな、興奮するな、安静に、と。全部ムリ。(医師はあきらめ)グラウンドで血を吐いたらすぐ来てくれと言われている」

 ―まさに命懸け。
  「自分では『グラウンドで死ねたら本望』そんな気持ちでやっている。嫁さんには怒られるが」

 ―病気をして考え方が変わった?
  「いつ自分が倒れるかわからない。一日一日が勝負。生きてるのがもうけもの。欲も得もなくなった。人生観変わった」

 ―この秋は1年生主体のチームが思わぬ活躍。
  「監督がびっくり。抽選を見て、ゆっくりできると。予約していた温泉もキャンセルした」

 ―当面の目標は。
  「来春、全道大会に出たい。鵡川とやりたい」

 ―冬場の練習は。
  「去年から真冬でも野外ノックを取り入れた。球足が速いからグラブが自然と下から出る。夏は冬の努力で7、8割決まる」

 ―オフは素振りが大切。スイングのノルマは。
  「冬は2000本」

 ―監督のモットーは。
  「練習は試合のためにある。これは高校時代に培ったもの」

 ―教育上で最も子どもたちに伝えたいことは。
  「生きていく力をつけさせたい。過保護は子どもを信じてない証拠。いい選手ほどどん底に落とす。人間は苦しい時に真価が出る。信じてはい上がらせる」

 ―最後に甲子園とは。
  「すべてをかける場所。甲子園までの道のりが一番尊いのかも」

 ◆小池 啓之(こいけ・ひろゆき)1951年11月15日、東京・南品川生まれ。57歳。市立尼崎から駒大を経て77年に旭川竜谷に赴任し野球部コーチに。夏の甲子園は、78年コーチ、83年は監督として出場。98年から鵡川に赴任。02年に部長としてセンバツ出場。同年12月に旭川南へ。07年21世紀枠でセンバツ出場を果たした。家族は妻と1男2女。

 ◆旭川南高校 1955年に私立・旭川南高として創立。74年に市立に移管し80年に道立の普通科高に。生徒数593人。野球部も同年創部で部員は1、2年生で43人。柔道部は恵本裕子(アトランタ五輪金)、上野雅恵(アテネ、北京五輪金)らが卒業生。1964年夏に甲子園初出場。07年のセンバツに21世紀枠で初出場。旭川市緑が丘東3条3の1の1。

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08年下半期高校野球注目記事ベスト20

08年注目の高校野球記事はこれだ! スポーツ報知の大阪版WEB「おおさか報知」は08年7月1日からスタート。そこで今年下半期のアクセス上位記事タイトルを大公開!29日はプロ野球、独立リーグと高校野球、30日はサッカー、31日は芸能の出来事を見出しで振り返ります。

 高校野球で一番の注目だったのは、PL学園の1年生4番・勧野甲輝選手。引退した清原氏以来となる大役を務め、南大阪大会で旋風を巻き起こしました。決勝で敗れ“全国デビュー”は逃しましたが、来春のセンバツに出場すれば話題の的となること間違いなしです。

 トップは全国制覇を果たした大阪桐蔭の優勝記事。決勝戦で見せた強力打線の破壊力は、高校野球ファンに強烈な印象を残しました。

順位 高校野球注目記事ベスト20(7月1日~12月28日)
1 大阪桐蔭が17年ぶり2度目制覇
2 1年生4番・勧野甲輝で“聖地”へ…PL学園(南大阪)
3 菰野の145キロ右腕・西にスカウト12球団22人!…高校野球・三重大会
4 ジミー大西がPL学園・勧野見たくて帰国中に電撃観戦
5 PL学園・勧野、2点適時打にも表情複雑…高校野球・秋季近畿大会
6 センバツ4強東洋大姫路、初戦敗退…高校野球・西兵庫大会
7 広陵・上本をスカウト絶賛!魅せた好走塁…高校野球・広島大会
8 PL学園・勧野甲輝、満塁で2点適時打…秋季高校野球
9 21世紀枠候補9校発表、近畿から彦根東…センバツ
10 大阪桐蔭・浅村、高校有終アーチ…おおいた国体
11 PL学園1年生4番・勧野、投げても凄い!1回ゼロ封…高校野球・南大阪大会
12 PL学園・勧野、初完封で4強…高校野球・南大阪大会
13 国体高校硬式野球が初の「優勝校なし」…雨天順延で
14 PL学園・勧野、清原以来1年生4番で2打点…高校野球・南大阪大会
15 PL学園1年生4番・勧野、公式戦初アーチ…高校野球・南大阪大会
16 大阪桐蔭・奥村が投打で活躍…高校野球・北大阪大会
17 日高高中津分校・木本、ノーヒットノーラン達成!…高校野球・和歌山大会
18 大阪桐蔭V、萩原は大会新の15打点…全国高校野球選手権
19 1年生・福本完投、夏春連覇へ新星誕生!!…大阪桐蔭
20 PL学園1年生・吉川が大阪府大会3発…秋季高校野球

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センバツ21世紀枠候補の宮城・利府を表彰

来春センバツの21世紀枠の東北地区候補校となった利府(宮城)が22日、同校で県高野連から選出を表彰する盾と賞状を贈られた。遠藤聖拓主将(2年)は、全校生徒約800人を前に「(甲子園出場は)まだ決まったわけではありませんが、これまでどおり全力で練習していきます」と意気込みを語った。候補校に選ばれてちょうど1週間。日中はできるだけボールを使った練習を行い、OBで東北学院大のエース阿部博文(2年)も打撃投手として力を貸してくれている。インフルエンザの予防接種も部員全員が受けた。来年1月23日の吉報を待つ。

 [2008年12月23日11時28分 紙面から]

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2008年12月28日 (日)

済々黌高:センバツ優勝50周年、記念碑完成 当時の選手らが除幕 /熊本

 1958年の第30回選抜高校野球大会(毎日新聞社、日本高校野球連盟主催)で優勝した熊本市の済々黌高で12日、優勝50周年記念碑の除幕式があり、関係者約100人が集まった。

 野球部OBが中心になり、グラウンド横に設置した記念碑は高さ約1・5メートル。優勝メンバーや監督の故木村茂さんらの名前を記した石碑の上に、ボールを模した石が乗せられ「選抜大会優勝50周年記念」と刻まれている。過去に同校で甲子園に出場(春夏計9回)した選手らの名前を刻んだプレートも造られた。

 大会で済々黌は、準々決勝で王貞治投手(ソフトバンク監督)を擁した早稲田実を降し、準決勝では熊本工との県勢対決を制した。決勝で中京商(現・中京大中京)を7-1で破り、九州勢として初優勝した。

 式典には当時のメンバー11人が参加した。王投手から4安打を放った主将の末次義久さんは「50年という区切りはついたが、我々はまだまだ元気。厳しくやさしく、済々黌の野球を見つめていきたい」と話した。エースの城戸博さんは「棺おけに済々黌の土を入れたい」と笑顔でグラウンドに立ち、土を集めていた。

毎日新聞 2008年4月13日 地方版

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2008年12月27日 (土)

甲子園に新「銀傘」姿現す

大規模な改修が進められている甲子園球場(兵庫県西宮市)で、球場のシンボルとなっている内野席の大屋根「銀傘」の架け替えが終わり、26日、広がった両翼が姿を現した。

 4代目となる銀傘は「歴史と伝統の継承」がコンセプト。戦時中、軍に供出された初代「大鉄傘」をモデルにして、屋根部分を約1・4倍拡張した。観戦の邪魔になっていた屋根の支柱も約12メートル上げ、グラウンドを見やすくした。

 甲子園球場は昨年10月からシーズンオフを利用して内野席、アルプス席、外野席の改修をしており、来年3月の高校野球の選抜大会でニュー甲子園が披露される。

 阪神電鉄は「日焼けや雨から守り、より快適に観戦してもらえる」と期待を寄せている。

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「“夏”という名の宝物」09高校野球キャッチフレーズ

2008年12月21日

 来夏の第91回全国高校野球選手権大会のキャッチフレーズコンクール(朝日新聞社、朝日放送主催、日本高野連後援)の審査があり、グランプリには、熊本県立蘇陽高校3年、安達紗貴さんの「“夏”という名の宝物」が選ばれた。全国から4358点の応募があった。優秀賞は次のみなさん。(敬称略)

 平野麻実(北海道・清尚学院高3年)▽志賀由美(福島県立いわき総合高2年)▽猪合康平(福島県立光南高2年)▽菅井香穂里(茨城県立水戸第一高2年)▽多田恵子(福井県立藤島高1年)▽大山澪(三重県立宇治山田高3年)▽木内舜(大阪・履正社高1年)▽藤井真琴(広島・銀河学院高3年)▽服部桃子(広島県立宮島工業高1年)▽中嶋彩乃(高知・清和女子高2年)

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2008年12月22日 (月)

報徳学園の岡田らが専大合格

東都大学リーグ2部の専大野球部は12日、今夏の全国高校野球選手権大会で8強入りした兵庫・報徳学園の岡田大裕投手ら18人が推薦入試で合格したと発表した。

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2008年12月21日 (日)

北海学園札幌に21世紀枠候補記念盾

来春の第81回選抜高校野球大会(09年3月21日開幕、甲子園)の21世紀枠候補校に選ばれた北海学園札幌に17日、北海道地区代表として推薦されたことを記念する盾が贈られた。

 この日は、道高野連・坂本理事長らが同校を訪れ授与。盾を手にした畑恭平主将は「道代表として恥じない生活態度を心がけたい」と気持ちを新たにした。前身である札幌商時代に、同校を甲子園に春夏10回導いた中島憲二校長(64)は「たまに球場へ行くが、休む日もなく連日、練習している。練習量が大きな力になった」とあいさつした。

 出場校は来年1月23日の選考会で決定、全国の候補9校の中から3校が選ばれる予定。

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2008年12月20日 (土)

常葉菊川の伊藤が法大合格

今夏の全国高校野球選手権準優勝、常葉学園菊川の伊藤慎悟中堅手(3年)が16日、法大法学部政治学科のスポーツ推薦入試に合格した。2年の夏の甲子園で彗星(すいせい)のように現れたシンデレラボーイは、常勝菊川の主軸として甲子園で3季連続の大活躍。今度は東京6大学の名門に進学し、大学日本一と将来のプロ入りを目指す。これで、常葉学園菊川は、大学に進学して硬式野球を続ける3年生10人全員の進路が決まった。

 師走の菊川の街角に、甲子園と同じ伊藤の笑顔がはじけた。この日の放課後、携帯電話の速報サイトで無事合格を確認すると「大丈夫だとは思っていたけど、安心しました。大学でも努力を重ね、4年後はプロに行けるような選手になりたい」と声を弾ませた。昨秋に全国制覇を果たした明治神宮大会の舞台、神宮球場から大学日本一を目指そうと、尊敬する1年先輩の長谷川裕介遊撃手が在学する法大を受験していた。

 これで、菊川は今夏全国準Vの3年生全員の進路が決まった。就職して社会人で野球を続ける2人と準硬式や軟式に進む3人を除く選手10人が、日本全国の強豪大学に進学する。「みんな本当に頑張った。下級生の励みにもなる。伊藤をはじめ、能力のある子たちばかりだから、十分にやっていけると思うけれど、今後も一生懸命に頑張ってほしい」と森下和幸監督(47)が笑顔で話した。

 伊藤自身、これからはライバルとなる仲間たちとの大学球界での再会を楽しみにしている。「町田(早大)や前田(立大)と早く公式戦で戦いたい。レベルの高い東都(リーグ)の酒井や野島(ともに亜大)にも負けたくないです」と目を見開いた。

 [2008年12月17日11時14分 紙面から]

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2008年12月17日 (水)

北海学園札幌、北海道地区21世紀枠候補に

日本高野連は15日、来春の第81回センバツ高校野球大会(09年3月21日開幕、甲子園)の21世紀枠候補9校を発表した。北海道からは、今秋の全道大会準優勝、北海学園札幌が選出された。

 午後3時に候補校選出のしらせをナインに通知した佐藤元幸監督(36)は「非常に光栄。縁がないと思っていたので、うれしく思う」と笑顔で話した。畑恭平主将(17)も「思ってもみなかった」と顔をほころばせた。

 北海学園札幌の前身は、甲子園に春2回、夏8回の出場経験がある札幌商(04年校名変更)。春は1976年以来33年間遠ざかっており、道内高校野球ファンが復活を待ち望む古豪。佐藤監督も「一度は北海道を制した学校。なんとか完全復活を遂げたい」と来年の吉報を心待ちにする。

 チームは秋の全道決勝で鵡川に敗れ、パワー不足を痛感。すでに体重を4キロアップさせた191センチ右腕・鍵政祥太はじめ、現在はチーム全体で、ウエートを中心に体力づくりしている。

 「才能のある選手がいるわけではない。練習では、Qちゃん(高橋尚子)の『2倍で人並み、3倍で人並み以上』という言葉を常に言っている」という佐藤監督。部員59人の純粋な思いが「夢舞台」を引き寄せるか。21世紀枠出場3校は、来年1月23日の選考会で決定される。

 ◆地域密着も評価
  ○…日本高野連は選考理由として、今秋の成績はもちろん、地元札幌圏の選手で登録され、地域密着度が高い点も評価。11日に修学旅行から帰ったばかりのナインは25日から休みに入るが、部員には例年、年賀状配達のアルバイトを奨励している。そのお金を3月の本州合宿のたしにするなど、お金の大切さを伝えることも部の伝統になっている。

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センバツ21世紀枠に利府、土庄など9校発表

日本高野連は15日、来春の第81回選抜高校野球大会(来年3月21日から12日間・甲子園)の21世紀枠候補9校を発表した。大会に出場する3校は一般選考と同じ来年1月23日の選考委員会で決まる。

 9校は地区別に北海学園札幌(北海道)利府(東北=宮城)身延(関東・東京=山梨)村上桜ケ丘(北信越=新潟)名張桔梗丘(東海=三重)彦根東(近畿=滋賀)呉宮原(中国=広島)土庄(四国=香川)大分上野丘(九州=大分)。

 21世紀枠は2001年の第73回大会から導入され、今回が9回目。都道府県秋季大会のベスト8進出校(参加校数が128校以上の9都道府県はベスト16進出校)の中から、過疎などの困難を克服したり、地域への奉仕活動などで他校の模範となるチームを選ぶ。出場校は9校の中から東(東海、北信越以東)と西(近畿以西)の1校を選び、残り7校の中から3校目を決める。

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山梨・身延「3枠」へ“駆け上がる”…センバツ21世紀枠候補9校発表

日本高野連は15日、来春の第81回センバツ高校野球大会(3月21日から12日間・甲子園)に出場する「21世紀枠」の各地区候補9校を別表の通り発表した。同枠は過疎や部員不足といった困難な条件を克服するなど、戦力以外の特色を加味して選考される。出場校は一般選考と同じ来年1月23日に決定する。今春の80回記念大会に同枠で出場した3校がすべて初戦を突破した実力を考慮、来春も3校が選ばれる。

 関東地区の21世紀枠候補に選ばれた山梨・身延(みのぶ)ナインは、驚きを隠せなかった。伊藤康平主将(2年)は「自分たちが選ばれるとは思っていなかった」。秋季県大会3位で関東大会に出場できなかったが、野球以外の部分で評価されたことがうれしかった。

 「身延」といえば、日蓮宗総本山・身延山久遠寺のおひざ元。足腰を鍛えるため寺へと続く287段の階段トレーニングは、名物トレだ。保坂誠人監督(47)は「一心不乱に駆け上がって参拝すれば、今年は何か変わってくるかな」と「3枠入り」に期待した。

 身延は創立1923年、創部1931年の伝統校。2002年にも21世紀枠候補に推薦されたが、甲子園出場はない。山間部で過疎化が進み、受験生も激減。地域活性化のためにも、野球部にかかる期待は大きい。伊藤主将は「何とか“身延”の地名を全国に広めたい」と吉報を心待ちにしていた。

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利府、センバツへ全力投球…21世紀枠候補に選出

日本高野連は15日、来春のセンバツ高校野球大会(3月21日開幕)の21世紀枠候補を発表し、東北地区からは利府(宮城)が選出された。利府は今秋の県大会で初優勝。東北大会でも4強に駒を進めた。実力に加え、地域一帯となった取り組みも特徴。昨年も宮城の推薦校に選ばれた。来年1月23日の選考委員会で、全国9校の候補校の中から3校が選ばれる。

 春夏通じて初めての甲子園出場を目指す利府に“吉報”が届いた。日本高野連のホームページなどで21世紀枠の候補校決定を確認。小原仁史監督(45)は「これまでセンバツをイメージして練習してきた。甲子園出場をかなえて多くの人と喜び合いたい」と意気込んだ。

 14日まで2年生がドイツへ修学旅行に行っていたこともあり、この日は一部を除いて振り替え休日。遠藤聖拓主将(2年)は「選んでもらったのはうれしいけど、まだ完全にセンバツが決まったわけじゃない。緊張感を持って過ごしたいです」と気を引き締めた。

 実力は実証済みだ。今秋の県大会では、決勝で育英を9―8と破り初優勝。東北大会でも初戦の2回戦で日大東北(福島)、準々決勝では延長11回の末に3―2で酒田南(山形)を下し、私立強豪校を連続撃破。準決勝では再び私立の一関学院(岩手)と対戦し、敗れはしたものの延長14回2―3と一歩も引かなかった。

 地域一帯となった取り組みも特徴だ。部員の多くが利用するJRの利府線。乗車時に全車両のゴミを拾うのは野球部の伝統。06年3月には東日本旅客鉄道から感謝状が贈られた。利府町の特産物の一つが梨で、毎年4月になると生徒は各所で受粉作業を手伝う。学校の近隣を中心とした清掃活動も恒例となっている。

 「地域貢献活動」が評価され、今年2月には地元企業でつくる「利府企業連絡協議会」から表彰を受けた。今秋の東北大会前には町内の全小、中学校9校の生徒が千羽鶴を折り、健闘を祈願した。指揮官は「選ばれたことは多くの人のおかげ」と目を細めた。

 例年、23日から1月6日まで、部員は春の沖縄遠征の費用をねん出するため郵便局などでアルバイトするが、センバツ出場に照準を合わせた今年は28日まで練習し、年明けの始動も4日からだ。遠藤主将は「毎日ミーティングを開き、選手の意識を高めていきます」。センバツを手中にするため、利府ナインは冬場も全力投球する。

 ◆利府高校 1984年創立の県立共学校。普通科に加え、98年に県内初のスポーツ科学科を併設。生徒数830人(うち女子447人)。野球部は創立とともに創部し、現在部員は54人。野球部のほか、サッカー部、陸上部なども盛ん。学校所在地は宮城県宮城郡利府町青葉台1の1の1。菊地茂樹校長。

 ◆利府町 宮城県中部、仙台市の北東に位置。1889年に利府村として誕生し、1967年に町制施行。昨年、町制施行40周年を迎えた。施行当時の人口は約8000人だったが、団地開発や新幹線車両センター(車両基地)の完成、大型ショッピングセンターの進出などで11月末現在の人口は3万3612人。梨の栽培が盛ん。町内の中央公園野球場が来季から楽天2軍の使用球場の一つとなる。

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県立校ズラリ!センバツ21世紀枠候補発表

 日本高野連は15日、第81回選抜高校野球大会(来年3月21日から12日間、甲子園)の21世紀枠候補9校を発表した。8校を県立高校が占めた。同枠で出場する3校は、一般選考28校、明治神宮大会枠1校とともに来年1月23日の選考委員会で決定する。 【21世紀枠候補校】

 <宮城・利府 この枠を狙って来た>県内私立2強に涙を飲んできた公立校に吉報が届いた。今秋の宮城大会は東北が不祥事で出場辞退したが、決勝では利府が仙台育英を退け初優勝。初出場の東北大会でも4強入りした実績が評価された。小原監督は「これまで21世紀枠で行くことをイメージして練習してきた」と安どの表情。数年前から通学電車の車内清掃を行い、表彰された経験もある遠藤主将は「これからも生活態度から気をつけていきたい」と気を引き締めた。

 <滋賀・彦根東 学校の歴史も武器>56年ぶり3度目のセンバツへ一歩前進した。1876年(明9)創立の県内屈指の進学校。「今の生徒の頑張りだけでなく、学校の歴史も評価してもらえてうれしい」と今井監督。今秋はエース金子を中心に県大会で準優勝するなど守備力が光る。地区推薦を受けるのは7年ぶり2度目だが、近畿地区から21世紀枠の選出はまだない。伝統校が新たな息吹を吹き込めるか、注目される。

 <新潟・村上桜ケ丘 認められた“花の運動”>秋の県大会準V校は、村上市内への花・プランターの寄贈など地域貢献が認められ、地区候補校に選出された。松田監督は「県の推薦校に選ばれた時から話しているが、選手への励みになる。新たな目標になるし、喜んでいる」と声を弾ませた。

  <山梨・身延 過疎化の波も奮闘>初の地区推薦決定の一報に、保坂監督は「ウチより成績が良いところもあったのにまさか選ばれるとは」と驚きの表情を浮かべた。山間にあって過疎化や少子化の波が押し寄せ、生徒数も年々減少の一途をたどる。それでも今秋の山梨大会準決勝では関東大会出場の甲府工に善戦したことが評価された。

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2008年12月14日 (日)

北海道栄に処分…有期対外試合禁止

日本高野連は9日、大阪市内で定例の審議委員会を開き、11月に修学旅行先のロサンゼルスで集団万引きをした2年生の生徒の中に野球部員が含まれていた北海道栄について、有期の対外試合禁止処分を決めた。日本学生野球協会審査室(開催日時未定)に上申されて正式に処分が決まる。

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駒岩エース・板木が駒大合格「1部に上がって投げ勝つ」

今年、春夏甲子園出場を果たした駒大岩見沢のエース左腕、板木勇幸投手(18)が11日、駒大経営学部の推薦試験に合格した。

 東都大学リーグで過去春季14回、秋季12回のリーグ制覇。全日本大学選手権6回、明治神宮大会も4回優勝を誇る名門。板木は「ひとつ上のリーグでやって成長を感じたかった」と駒大進学理由を笑顔で語った。目標は「来春から出場し、リーグ戦で勝つこと」。駒大岩見沢の高橋真次監督(34)は「挫折を味わってはい上がった人間は強い。向こうでもやれる」とエールを送った。

 今春センバツで成章(愛知)に初戦敗退。その後、疲労で左ひじを痛め、長期休養。春季全道1回戦ではわずか8球で降板する屈辱。一時は野球を辞め、卒業後専門学校へ進み、整体師になることも考えた。そんなエースをつなぎとめたのが、夏の甲子園だった。主戦としてフル回転。同校初の夏勝利を挙げ3回戦進出。「嫌いになった野球が、180度変わった」

 道内球界ライバルの鍵谷(北海)は、中大に合格。出身も同じ道南。現在、駒大は2部。「必ず1部に上がって、投げ勝ちたい」と闘志を燃やした。

 駒大は、駒苫の甲子園連覇戦士・林裕也(3年)が新主将に就任。道産子主将とルーキー左腕が一丸となり1部復帰に突き進む。

 ◆板木 勇幸(いたき・ゆうこう)1990年4月9日生まれ。18歳。森町出身。小学校3年生の時、森クラブ(軟式)で野球を始める。MAX134キロながら、球のキレで勝負するスリークオーター左腕。家族は両親と姉。176センチ、78キロ。左投左打。血液型AB。

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[甲子園へ 情熱インタ](2)鵡川高野球部・佐藤茂富監督

第2回は、10月の秋季全道大会で5年ぶり2度目の優勝を飾り、来春のセンバツ出場を確実にしている鵡川高の佐藤茂富監督(68)。11月の明治神宮大会でも4強。過去、鵡川をセンバツ2回、前任の砂川北も春・夏合計3回の甲子園に導いた名伯楽が、来春の6回目の“夢舞台”に向け、自ら確立した「武士の野球」、「三気(元気、本気、一気)野球」への思いを熱く語った。

 ―まず4強入りした今秋の明治神宮大会を振り返って下さい。
  佐藤監督「毎朝毎晩の飯の量は断トツだったな。ホテルの関係者もビックリしていた。この大会唯一の本塁打がウチなのも当然かも」

 ―変化球にもうまく対応していた。
  「練習から自分たちで工夫してやっていたようだ」

 ―一発打っても全力疾走。
  「元気、本気、一気の『三気野球』がモットー。グラウンドでは3歩以上は全力疾走。そのことをしっかり守っている。今のメンバーは性格がいい。素直さがある。そのあたりに強さの要因があるのかも」

 ―ガッツポーズも見ませんね。
  「打たれた投手、負けて泣いている相手のことを考えろと。日本人はあまりに幼稚になりすぎた」

 ―米国メジャー野球も見るとか。
  「オバマ(大統領)には1回会ってもいいかもしれない(笑い)」

 ―現地に行かれたことも?
  「キャンプばかりアリゾナで3~4回、フロリダで1回見た。向こうの練習は合理的。移動もホイッスルひとつで整然としている。朝6時から始めたり、練習量も多い。ユニホームの着こなしもきれいだった」

―日本では服装の乱れも目立ちますか。
  「ほとんどの選手が帽子のつばを折っている。指導者のひげも、感心しない」
―バント嫌いもメジャーの影響ですか。
  「自分的に『相手にひとつアウトをやる』のが年々嫌になってきた。今のチームは1、2、6番が足が速い。3、4、5番には長打がある。理想的な攻撃型チーム。サインを管理してはダメ」

 ―かつて部長を務められた旭川南高校の小池監督は『今年の鵡川はセンバツ優勝も狙える』と言っているが。
  「そこまでのチームとは思っていない。とにかく私は『一戦必勝主義』だから」

 ―来春への課題は。
  「選手たちが有頂天になって、その気になっている。親も甘い。締め直さなきゃならん」

 ―冬場の練習は。
  「1日1000スイングをノルマにしているが、今の子は500か600ぐらいしかできん」

 ―目指す“佐藤野球”とは。
  「相手の弱点ばかりをつくのが野球じゃない。どんなに力の差があっても20点、30点は取らない。そういうチーム相手にはバントもして、5回10―0で終わるのが理想。それが武士の野球だ」

 ◆佐藤 茂富(さとう・しげとみ)1940年7月16日、三笠市生まれ。68歳。岩見沢東高校在学中は投手。北海道学芸大札幌校(現・道教育大札幌)を卒業後、栗山高校の監督として指導者に。71年から砂川北高校監督に。春1度、夏2度の甲子園出場を果たした。97年から鵡川高校赴任。現在、むかわ町教育委員会勤務。家族は妻。

 ◆鵡川高校 1952年創立の道立校。全校生徒は172人。野球部は88年創部で部員43人。甲子園出場はセンバツ2回(02年に21世紀枠、04年は一般枠)出場。2大会ともに1勝ずつ挙げている。野球部以外にも吹奏楽部が活躍。主なOBに池田剛基(元日本ハム、02年甲子園出場)。学校所在地は、勇払郡むかわ町福住町4丁目2の1。

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東北・萩野、福祉大からプロ目指す

今春のセンバツ高校野球に出場した東北の萩野裕輔(3年)が12日、東北福祉大に合格した。ドラフト4位で巨人入りした仙台育英の橋本到と並び、プロ注目の逸材だったみちのく高校球界屈指の左腕。4年後のプロ入りを目標に掲げ、数多くプロ選手を輩出している同大学で腕に磨きをかける。

 萩野の魅力は181センチの長身から投げ下ろすMAX143キロの直球。カーブ、スライダー、チェンジアップなど球種も豊富だ。かねてからプロも注目していたが、今秋はプロ志望届を提出せず、東北福祉大への進学を選んだ。

 「最終的にはプロが目標。福祉大からはプロ選手も多く育っている。自分もその環境でやりたかった。野球をやるには最高の大学だと思う。早くからアピールしていきたい」と目を輝かせた。

 昨秋の東北大会では初戦となる2回戦の明桜(秋田)戦で延長14回203球を投げ切り、3―2で勝利。全4試合に登板し、優勝に貢献した。右股(こ)関節を痛めていた今春のセンバツでは、敗れはしたが、1回戦の北大津(滋賀)戦で10奪三振3失点の完投。今夏の県大会決勝では、甲子園で16強入りした仙台育英を1点に抑えたが、0―1で惜敗した。堂々たる球歴に周囲の期待も高まるが「東北のエースを背負ってきたので期待されているのは分かっています。必ずチャンスをものにします」と気合十分だ。

夢舞台でライバルとの再会を目指す。育英の橋本とは親友。「ドラフトは家で見てた。橋本が指名されて自分もうれしかった。ぜひ活躍してほしい」と萩野。「自分も4年後に即戦力として指名されるように、まずは福祉大で先発ローテーション入りを狙います」自信を持って宣言した。

 ◆萩野 裕輔(はぎの・ゆうすけ)1990年7月23日、宮城県志津川町(現南三陸町)生まれ。18歳。館小2年時に野球を始め、ずっと投手。館中を経て、東北高では1年春からベンチ入りし、2年秋からエース。左投左打。直球の最速143キロ。持ち球はカーブ、スライダー、チェンジアップ、カットボール。181センチ、78キロ。血液型A。家族は両親と兄。

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2008年12月 7日 (日)

智弁和歌山・高嶋監督3カ月の謹慎明け9日に復帰

◆ 公式戦での指揮は来春県大会から ◆

 部員に暴力をふるったことを理由に監督を退いていた智弁和歌山(和歌山)の高嶋仁監督(62)が今月9日に復帰することが5日、分かった。8日に日本学生野球協会が課した3カ月の謹慎処分が解けるため、監督に戻る。

 春夏3度の全国優勝に導き、歴代2位の甲子園通算56勝を挙げている同監督は、9月7日の練習試合の最中にベンチで部員2人を数回蹴り、監督を退いていた。秋季大会、国体はコーチの元阪急投手・鈴木幸雄監督(76)が采配をふるっていた。鈴木監督はコーチに戻る。

 公式戦で指揮を執るのは来春の県大会からとなる。同校は今秋の近畿大会1回戦で金光大阪に敗れセンバツは絶望的になっている。仮に出場機会を得ても規定により同監督が指揮を執ることはできない。

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JR北海道・神田引退札幌大谷高コーチに転身

昨年の都市対抗で、JR北海道を道勢史上初の4強へ導く原動力となった神田幸輝投手(36)が5日、現役引退を表明。来年4月から札幌大谷高校のコーチに転身することが明らかになった。

 悩んだ末、今秋の日本選手権終了後に決断したという神田。「連投ができなくなってきて、自分の中で今後も現役でやっていくのはどうかと考えていた」ところに、今回のコーチ話がきたという。

 横浜商大を卒業後の95年に横浜そごうへ入社、99年に休部後は北海道・サンワード貿易へ転籍、廃部となった後、06年にJR北海道へ再び転籍した。当初は「3年で横浜に帰ると思っていた」というが、いつのまにか道球界での現役生活9年。「横浜だったらこんなにはやれてなかった」と北海道への感謝を口にした。

 赴任する札幌大谷高校は、来年4月に野球部が新設される。部員は1年生のみでまさにゼロからのスタート。左腕は「高校で指導者はやってみたかった。ゼロからにやりがいを感じる」と目を輝かせる。学校側も、技術指導はもちろん、人間形成の面でも高評価する。

 「ひとつのことを懸命に、何事にも思いをもってやることが大事」ということを伝えたいと話す神田。今後も北海道に永住、骨を埋める覚悟で第2の野球人生をスタートさせる。

 ◆投手陣大幅に交代 
  ○…来季の入退部者が発表され、投手陣が大幅に入れ替わる。エース神田、中堅の清野、谷崎らが退部、代わって三菱ふそうから右腕・福山、左腕・吉田が移籍してくる。JR関係者は「来年は湊倫也と福山の2枚看板で頑張ってほしい」と期待を込めていた。

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